喜三太と金吾の話。
澄みきった夜空の中、太りきった月が煌々と輝いている。
風呂上がりに自室へ戻る途中、金吾は思わず足を止めた。
並んで歩いていた喜三太もつられて顔を上げる。
「奇麗な月だね」
「うん。見事だ」
月を見る金吾の目は、その美しさに感心しているというよりも、どこか懐かしそうな色をしている。
「父上も見ているかな……」
「ふぇ?」
金吾の呟きに喜三太が振り返ると、金吾は上に向けていた視線をちょっと下げた。
顔が紅潮して見えるのは、きっと湯上りだけのせいではない。
「べ、別に家が恋しくなったとかじゃないけど!その、父上も月を眺めるのがお好きな方だから…!」
言い訳がましい弁明は、余計に白々しく響く。
だが郷里を同じくする喜三太には、金吾の気持ちがよく分かった。
帰るには遠すぎる距離。家族と隔たれた期間。
喜三太も、家族の温かさがたまらなく恋しくなることがある。
だから微笑った。
「今日の月は特別奇麗だから、僕の家族も金吾の家族も、きっと相模で見てるね。一緒にお月見出来て嬉しいねー」
「……うん」
この月の光は故郷にも等しく降り注いでいるだろう。
そう思うと、どこか温かい気持ちになる。
部屋に戻る頃にはすっかり湯冷めしてしまったが、心に宿ったその温もりはずっと続いた。
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実家が遠い2人です。
今と違って情報伝達や移動手段も時間かかりますから、寂しさは倍増ですよね。
望郷ということで、有名な和歌「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」を思い出して書きましたー。
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